コミュニケーションを通して、世界の見方を交換する—ムサビ×東工大 コンセプト・デザイニング体験記2023
2023年7月24日(月)~7月29日(土)の6日間、東京工業大学(以下、東工大)とムサビの異分野造形ワークショップ「コンセプト・デザイニング」が開催された。今年で10回目となるこの合同ワークショップだが、いかつい横文字ゆえにどんな雰囲気で何をしているのか知らない方も多いのではないかと思う。
この記事は、筆者自身が実際にこのワークショップに参加した感想や体験を、なるべく気楽に、フレッシュにお伝えするものである。
ムサビと東工大、それぞれの引き出しを漁る
私は空間演出デザイン学科に所属している。理系科目が昔から苦手で、かつ学科の普段の授業でも感覚的な部分で判断する場面が多い。ただ、考えることは好きであることと、科学的な視点と空間や感覚のデザインの関係に興味があったため、このワークショップへの参加を決めた。とはいえ、「すごい勢いで論破されたらどうしよう〜」、「理系の学生と全然分かり合えなかったらどうしよう」などと、行く前から不安を抱いていた。
ワークショップ初日。あんまり考えすぎずに、自然に…と思いつつ、7月のかんかん照りの太陽に焼かれながら、東工大の大岡山キャンパスを訪ねた。
会場では始まる前からすでにそこかしこで会話が生まれていた。ややたじろいだが、私もみんなの真似をして自己紹介をする。オリエンテーションを挟んで最初の顔合わせでは、まずグループに分かれてそれぞれのやっていることを話し、同時に今年のテーマ「しるし」についても、コミュニケーションをとりながら、柔らかくアプローチしていった。
私たちのグループのメンバー構成は、Wさん(東工大院1年 融合理工学系 地球環境共創コース)、Fさん(東工大院1年 経営理工学系エンジニアリングデザインコース)、Aくん(視覚伝達デザイン学科3年)、そして私の4人である。余談だが、アイスブレイクとしてムサビ広報チームの千羽さんのご厚意で、グループごとに1,000円を受け取り、おやつを買いに行く時間があった。私たちのグループは340円のハーゲンダッツと160円の普通のアイスを2つずつ購入。ぴったり使い切り、幸先の良いスタートである。
初日のメインプログラムは、東工大の野原佳代子教授(環境・社会理工学院)とムサビの古堅真彦教授(視覚伝達デザイン学科)のミニ講義。その後、各グループのメンバーで雑談も交えつつアイデア出しを行っていく。
2日目は、東工大の朱心茹助教(環境・社会理工学院)とムサビの小林耕平教授(油絵学科油絵専攻)のミニ講義からスタート。講義後は前日の雑談で出た中で全員がおもしろい!と思えた「身体のしるし」という話題をさらに広げることに。3日目に中間プレゼンがあるため、そこに向けて、“サイン”と“しるし”の違い、ブランドのマーク、アートの鑑賞の仕方のこと、何に感動するか、昔持っていた自分だけのしるしのエピソード等々、どんどん会話を展開させていき、大まかな方向性を「しるしがしるしでなくなる瞬間」ということにした。
私たちのグループは、大きな紙に単語やイラストを描き並べ、体系的に整理することも必要最低限しか行わなかったため、他のグループに比べるとただおしゃべりしながら落書きしているように見えていたかもしれない。
体感としてもそれに近い楽しさで、でも次第にテーマへと収束させていった。一人ではできない多面的なアイデアの引き出し方ができるのがグループワークならではであり、大学混合で行うことで、それがさらに未知の方向に展開していった。
2日目終了後には、東工大のお2人の案内で、夕暮れの東工大キャンパス内を探検することができた。東工大ならではの特殊な実験施設があったり、東工大のランドマークである「Taki Plaza」を見学したり、研究室でマングローブの鉢植えやサンゴを見せていただいたりした。
しるしにまつわる会話から、造形へ
3日目からは会場を東工大からムサビ市ヶ谷キャンパスに移し、引き続き中間発表用のプレゼンを作っていった。
中間プレゼンでは、とりとめのない会話を糸口に、自分たちが「しるし」からどんな問題発見ができるか、今見えてきているものをそのままに発表し、不安の中でも手応えを得ることができた。
私たちと似た話を異なったアプローチでしているグループもあれば、もっと形からアプローチするグループ、いくつかの論点から観察しているグループなど、この段階でも既にさまざまである。しかし最終形でどんなことをしたいかまではまだどこも辿り着けていない。このワークショップは、参加する全員にとって、それぞれが経験則で知っている方法に頼ることなく自ら道を切り拓くことを求められるイレギュラーな取り組みなのだ。
デザインを考えるとき「問題発見」はお決まりのフレーズで、特に3年生以上で専門性が高くなると、だんだんその切り口が似てきたり、課題やモチーフ、テーマに正面から向き合うことができなくなってしまったりすることがある。しかし今回は形式を追うのではなく、課題と素直に、自然に対峙することができた感じがして、密かにとてもわくわくしていた。異分野が混じり合う場だからこそ、それぞれが固定的な正解のイメージを当てにせず、その場その場で吟味して良い判断を下せたように思える。
4日目と5日目。ここから最終発表に向けて、実際につくるもののプランも考えながら課題に取り組んでいった。私たちは鏡を用いた装置制作を行うため、ある程度まとまってきた段階で実際に鏡を購入し、まずは鏡を使って自由に、顔を映したり、考えていた構造を実際にやってみたりと、動きながら考えた。その中で面白い仕組みを発見した私たちは、グループの4人だけではなく、先生やその場にいた人たちを巻き込んで体験してもらう場面も。テーマの「しるし」が頭から消えかけたりもしたが、実際に仕組みを使って体験する面白さを存分に味わうことができた。
その後、実験で取り組んだことを図式や言葉によって整理して、概念的な話から造形物へと考えが進んでいった。こうした過程の中で、「わあ、自分って感覚的なんだな〜」、「全然理屈じゃなくて印象とか感じ方で捉えているじゃ〜ん!これ、どうしたら伝わるのかな〜!?」とか思わされるのだと予想していたが、実際はあまりそういう感覚はなかった。
ムサビ生のAくんが構造を整理してくれたり、東工大生のWさんが瞬発的に感想をどんどん言葉にしたり、Fさんが物語を考えてきてくれたりした。このワークショップを企画している両大学の大人は戸惑うかもしれないが、いわゆる固定的なイメージの「ムサビ生対東工大生」という対比よりも、個々の価値観やその伝え方、捉え方で各分野のくせや特徴が出るという印象である。
実際に造形物を作る段階で面白かったのが、作業中のWさんが、それまでとちょっと顔つきが変わり、目的に対してスピーディに判断を下して、手を動かしていたことである。普段からものを作るムサビ生の中には、何かを作る過程で選択したことの全てが自己表現になると思い込んでいる人もいるのではないかと思う。しかし、今回の経験で、自分の整理力や優先順位を付ける力がまだまだ足りていないと感じたし、問題に対して正確に回答を組み立てる力とあのスピード感を、私も身につけられたらどんなにいいだろう…と思っていた。
造形物から、伝えることを主眼に置いた段階へ
6日目。なんやかんやで最終プレゼンの日を迎えた。時間的余裕は全くなかったが、それが否応なくグループのチームワークを高め、最終日の教室内には様々な成果物が並ぶ。
私のグループも朝一番乗りで教室に入り、装置の位置調整、動きの確認、プレゼン作成等々を慌ただしく進め、あっという間に準備終了時間を迎えた。早い!
そして、いよいよ最終プレゼンである。
私の担当は後半の解説だった。万事滞りなく、とはいかなかったものの、ここまでやってきたことや「しるし」というお題から私たちが受け取ったものと考えたことを伝えるために、私なりに言葉を尽くしてプレゼンを結んだ。
印象に残ったのは、どんなプレゼンテーションに対しても、教授陣を始め会場全体が、熱心に耳を傾け、対話も交えて、内容や意図を組み上げて理解しようとする空気感である。日頃の学科での講評や、社会に出たらまたプレゼンの場があるのかもしれないが、こんなに集中して発表を聞き、理解しようとしてもらえて、自分も伝わるようにと全力で取り組める場は本当に貴重だと感じた。
あるグループは大幅に時間を残してプレゼンを終え、教授陣との質疑応答を通してその全容が伝わるような形での発表になっていた。このような展開は美大の講評では時々あるような気がするが、どこまで狙っていたのかを含めて、その発表形式と展開は、今回のような答えのない問いとイレギュラーなチームワークでは必然と言えるかもしれない。
アートでは、作品が受け手によって定義される側面は大いにある。私自身も、成果をプレゼンでどこまでどのように伝えるべきかを改めて考えさせられた。
今回のプレゼンの場は、どちらの大学の学生にとっても特殊な雰囲気だっただろう。伝えたいことと、実際に伝わった内容や印象は必ずしも一致しない。東工大生のプレゼンではその差を限りなくゼロに近づけようとする姿が印象的だった。一方ムサビ生のプレゼンでは、伝わったことの上にどんな価値が積み上がるかを考えている、という場合が多いように感じた。
いわゆるプレゼンとしての形式や要素を満たして達成することではなく、伝えたいことが伝わるのが本来のプレゼンの目的で、どのグループもそのことを純粋に達成できたのではないだろうか。
響き合い深め合う、芸術と科学
芸術と科学は、切っても切れない関係である。それぞれの分野が高度に発展した現代でも、根幹の部分では非常に似通ったものであることを今回のワークショップで実感した。目標を達成して得られる感動や興奮は案外近いところにあるような気がする。
美大の環境、ひいては芸術の世界では、世界を自分の見たいように見ることが許されているし、むしろそれが求められているような向きもある。一方で、科学の視点で世界を見ることは、そこに存在しているものを出発点に、それを解き明かし、それを正確に捉えることを目指す営みであると感じた。
双方の考え方は相反するものではない。アートの領域は科学によって広がるし、科学の発想もまたアートによって広がる。響き合い、深め合うことができる。新しい世界の見方を知ることで、自分の知らないところまで世界が拡張されるのである。
またデザインにも、このアートと科学のせめぎ合いが深く関わっている。自分の眼が偏っていることを自覚しながらも、それを平均に揃えることに終始するのではなく、偏りも生かしながら、他者に受け取ってもらえる表現を選ぶことこそが、デザインという領域に必要なことなのではないかと感じた。
今回のワークショップを終えて、私は自分のやっていることについて改めて考える時間を持てた。自分の専門分野を離れることが、自分の軸を再考するきっかけになったと感じている。学力や分野は実はあまり重要ではなく、相手との会話や与えられたお題、目の前の物事を自分なりに楽しみ、丁寧に接することができれば、それだけで十分このワークショップを楽しめるに違いない。
編集・執筆・取材:空間演出デザイン学科3年 田村靜