16号館から世界へ。ムサビ生のための、自由すぎないカスタム空間 ―スキーマ建築計画・長坂常さんインタビュー
2021年3月に竣工した鷹の台キャンパス16号館。制作スタジオや作業場、木材・金属加工・デジタルの工房などがあり、主に工芸工業デザイン学科インテリアデザインコース、大学院造形構想研究科映像・写真コースが使用しています。完成当時から話題になっているのが、その無骨な建築デザイン。今回、設計を担当したスキーマ建築計画の代表・長坂常さんに、デザインコンセプトや16号館をどんなふうに使ってほしいかかなどについて伺いました。
学生同士でほどよく管理ができる空間
―16号館のコンセプトについて、改めて教えてください。
16号館をデザインするうえでは、まず初めに「カッコイイデザインは必要ない」と考えました。僕自身も美大出身なのですが、美大の校舎は学生たちがものづくりをしやすかったり、展示しやすいことが求められる空間であって、学生がデザインの影響を受ける場所じゃないなっていう。僕が大学生だったら、校舎には別にデザインを期待しないなっていうのが、この仕事をいただいたときに感じたことでした。
つまり、与えられるよりも自分たちで好きなように変えられる場所。そういう校舎だったら、僕が学生だったとしてもうれしいだろうし、今いるムサビの子たちも喜ぶんじゃないかって思ったんですよ。自分たちでつくれる、自分たちで変えられる校舎をどうやってつくろうかって考えながら16号館を設計しました。
―キーワードは「自分たちでつくり上げていく校舎」ということですか。
そうそう。例えば、ある日に展示をやっていたと思ったら、翌日は同じ場所でイベントをやっていて、その次の日には授業で使われていたりとか、自由に変えられる場所なら、それほど広くない面積でも有効に使えるのかなと考えました。
―16号館は制作と授業だけでは終わらず、作品の制作から展示するまでセットできる場所なのですね。
そうですね。ギャラリー、アトリエ、講演会場みたいに用途で部屋を分けてしまうと広く使えるところがなくなるので、ひとつの空間を色んな形で使いまわしていくことを考えていたんですよ。特に1階は制作と授業にとどまらず色んな使われ方をしていくんじゃないかな。実際、2021年3月の卒業制作展ではこのスペースで展示をしていましたし。
空間をつくり変えていく方法なんですが、日常的にプロの大工さんにお願いするとお金と時間がかかってしまう。かといって椅子を動かすくらいひとりで簡単に変えられるようにしてしまっては、管理的にうまくいかない。だから、学生同士で協力して空間を変えていけるようにする必要性を考えていました。
―学生が管理できることがポイントになっているのでしょうか?
スペースをつくるときに自由すぎるのもよくないと思っていて。だから、壁を可動式のパネルにすることにしました。そのパネルは1枚1枚がそれなりに大きくてひとりでは動かすことができません。なので、「今週末にイベントがあるからここにスペースを設けよう」と数人で声をかけ合い、荷物を片づけたりしたうえで壁を移動させ、みんなで空間をつくっていくような形になると思いました。そんなふうに協力して「管理」すれば、完成後の空間で行うイベントに対しても参加意識が生まれるだろうと。
ひとりで動かせる家具でもなく、大工さんの力を借りないといじれない空間でもない、そのちょうど中間ぐらいの手間で変えられる建築。僕たちはそれを「インターフェイス」と呼んでいるんですが、そういうものがムサビ生のようなものづくりを学ぶ集団には相応しいと考えたんです。
天井から吊るされているバーもポイントです。電源を吊るすために走らせている銀色のバー。あれには1200mm間隔で穴が空いていて、単管パイプを刺すことができるんです。それらをパネルでつなぐと壁になり、棚板でつなぐと棚になる。ほかにもいろんな使い方ができると思います。
―この間、インテリアデザインコースの先輩たちがバドミントンをやってましたよ。穴にパイプを2本刺して、そこにネットを張っていました。
それはいいね(笑)。
ほかにも、ロッカーと棚はハンドリフターで動かすことができます。災害時の転倒防止のためのワイヤーを外してハンドリフターを使えば、ふたりで2、3時間もあれば片づけられます。そういうふうにすることで、前日に少し準備をすれば翌日にはイベントが開催できる。たとえば「明日は展示だけど、その次の日はコンサートをやりたい」っていう衝動に沿って空間を変容できるんですよ。これも16号館のコンセプトのひとつです。
―「衝動に沿って空間を変容できる」という表現、すごくしっくりきます。
こういう形式の校舎が、きっとムサビ生にはいいんだろうなと思うんですよ。スキーマがバキバキのデザインをやって、「お前らすげーだろ!」としたところでまったく見向きもしない美大生たちだと思っているので(笑)。こちらからデザインなんて与えん、自分たちでつくりなさいということです。
―もし長坂さん自身が16号館を使う立場だとしたら、なにをしたいですか?
卓球大会とかサッカーかな。隣にサッカーグラウンドがあるけどね(笑)。
―(笑)。あえて制作と関係ないことをするんですね。
そうそう。でも一応模範解答も押さえておくとね(笑)、たとえば、自分でつくったものをその場で販売することができたらおもしろそうだと思います。工場みたいに色んな道具が揃っているから、何人か集めて物をつくって、外部の人が買いにくるとかね。
Instagramで変化をシェア
―私は防錆塗装のままの赤い階段や扉、それにクラスターボードの段階で止められている壁の色合いが好きです。本当に、16号館はどこを切り取ってもいい写真が撮れるくらいかっこいい。すでに学生が自由に使っている感じもあって、最近だと犬の人形が入口に置いてあり、毎日位置が変わっていたりするんですよ。
おもしろい(笑)。いや〜うれしいね、そうやってみんなが遊んでくれているんですね。ぜひそういうことを続けてほしいです。いつまでもたっても綺麗なままだったらどうしようかと思っていたんですよ。
―作業場はもうだいぶ汚いです。
だいぶ汚い(笑)。
―1階の壁は3年生の課題の最終発表があったときに塗ったみたいです。
白く塗ったんですね。こういう感じがいいね。
エントランスなどの壁にあるサインはスタンプ形式なので、壁を塗ってもまた簡単にサインをつけられるようになっています。だからどんどん塗ってもらいたいですね。
―長坂さんは16号館のInstagramは知っていますか。
知っています。知ってるもなにも俺がつくったからね(笑)。Instagramを通してみんなの16号館の使い方を見てみたくて。
―そうだったんですね。自身のアカウントで16号館をタグ付け投稿したら、16号館のアカウントの方で取り上げてくれるようになっています。
そうそう。もっと投稿が増えてほしいです。さっき言っていた、毎日入口にいる犬の人形とかもおもしろいし、みんなの作業の跡が重なっていくのを見ていきたいですね。
痕跡が重なってルールが生まれる
―壁を塗り替えたり、バドミントンをしたりと、すでに変化が生まれてきていますが、長期的な変化についてはどのようにイメージされていますか。
実際はどうなんでしょうね。どんどんと痕跡が重なっていったらおもしろいと思いますが、途中で「さすがにこれは綺麗にしたほうがいい」となるのかな。ゼロに戻すことはできないから、壁一面が白く塗られるかもしれませんね。
でも、汚れたままで進んでいくのもうれしいです。予想できない方向にいったらおもしろいと思う。学生はある程度のサイクルのなかで入れ替わっていくから、汚れた状態からスタートする1年生は「さらに汚してやろう」っていう気になるかもしれませんね。
―なんだか、美術予備校の汚さに似たものがありますね。
本当だよね、どうしよう(笑)。学生にはそれがどう見えるのか……自由でいいなと感じるのか、汚ないなと感じるのか考えてみるのもおもしろいですね。学生たちは、どこまでやったら先生たちが怒るのかって試してみるのもいいと思います(笑)。
カッコ悪くなるのは嫌だけど、使っていくうちにどんどんルールができていくのかどうかにすごく興味がありますね。
―たしかに、自然と生まれるルールってありますよね。
ルールがあるのか、ないのか。あるとしたらどんなものなのか。君たちは毎日見ているからそうでもないと思うけど、僕はときどきしかムサビに行くことはないので気になるんです。工デの山中一宏教授は「いい感じに汚れてきましたよ」と、すごくうれしそうに言っていました。
―作品制作にもいい影響が生まれそうです。
16号館は作品制作に恵まれた空間になっていると思います。ヨーロッパでは学生のうちから家具などの作品を発表し、賞を取ってそれが世界のコレクションに入っていく流れがあったりしますが、日本では就職したあと作品を発表することが大半。そういった点で、16号館には道具もあるし、展示会場として作品を見せることもできるし、もちろん、指導してくれる先生方もいる。いいものができたら撮影もできますよね。撮影のバックにするには最高にいい建物です。そうやって、海外のものづくりに近いものをやれるかもしれない環境が16号館にはあると思います。
実際に、社会に向けて作品を発表していこうという意識を持った人たちが16号館に集まり始めているように見えます。作品を外に出してプレゼンテーションしていく姿勢ってやっぱりすごく大事だと思う。そうしないと自分の趣味のひとつでしかなくなってしまいますから。16号館はムサビの端っこの畑の中にある建物だけど、世界へ発信していくような場所になる可能性がある。いい場所になっていくことを期待しています。
<プロフィール>
長坂常(ながさか・じょう)
1972生まれ。1998年、東京藝術大学美術学部建築学科卒業直後にスタジオを立ち上げ、シェアオフィス 「HAPPA」を経てスキーマ建築計画を設立。家具から建築、まちづくりまで幅広く手がけている。代表作に《Flat Table》《SAYAMA FLAT》《イソップ 青山店》《奥沢の家》《はなれ》《BLUE BOTTLE COFFEE》など。
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編集・取材・執筆・撮影:工芸工業デザイン学科2年 内田有希乃