2021-07-19

浮遊する作品群を動かし、探索できる。杉浦康平アーカイブサイトがオープン

 2021年6月30日、武蔵野美術大学の美術館・図書館が、デザイナー・杉浦康平のアーカイブサイト『デザイン・コスモス』を公開しました。このサイトは、杉浦康平が半世紀以上にわたって手掛けた数千点に及ぶデザイン作品を三次元的に再現したヴィジュアル作品集。宇宙空間に浮遊する作品の世界を、誰でも自由に探索し、選択し、動かし、驚き、遊び、学び、楽しむことができます。

 今回は『デザイン・コスモス』のオープンにあたり、杉浦康平事務所に長年勤務され、現在は基礎デザイン学科とデザイン情報学科で非常勤講師を務めている佐藤篤司先生にお話を伺いました。

佐藤篤司先生

“ただならない入り口”にしたかった

___『デザイン・コスモス』では、ユーザーが作品を自由に動かして遊ぶことができるようになっています。なぜ動かせるようにしようと思ったのですか?

 杉浦康平先生のデザインに対する姿勢は、「ただの紙を、ただならない紙に変える」こと。それはデザインをすることによって、捨てるのが惜しい、とっておきたい、あるいは、紙を大切な存在に変えてみせる、ということです。そんな杉浦先生のアーカイブであればこそ、サイトのホーム画面も「ただならない入り口」にしたかった。ただ、それは奇をてらってのことではありません。

 ホーム画面には杉浦先生が自らセレクトされた186点の作品が浮遊しています。それを1枚の「図」として見せることで、全体を俯瞰し、一覧することができるようにしました。ユーザーはその中から気になった作品を選んで検索を進めていきます。というのも、今の若い人たちの多くは杉浦作品にリアルタイムで触れたことがないと思われるので、書名などの文字情報で検索することが難しい。なので、直観的にヴィジュアルで選べることが有効だという考えです。

 しかし、すべての掲載作品が全図で見えているわけではありません。重なりあって見えにくい作品もあるので、その空間をズームアップしたり、もしくは地球儀を回すように自分で浮遊する作品群を動かして、主体的に気になる作品を探していく。このサイトにはそういったアプローチがふさわしいという発想になりました。

『デザイン・コスモス』より

__解説アニメーションを作ったきっかけはなんですか。

 それは2004年に開かれた、杉浦先生の雑誌デザインにだけ特化した初めての個展「疾風迅雷:杉浦康平・雑誌デザインの半世紀」展に端を発します。

 本の展覧会における展示の仕方や会場構成の難しさは、広い空間に対して本が小さすぎて見映えがしないということです。そこで、大型出力を使って巨大な本を作ったり、B5の本をポスターのように拡大したりという演出をしたのですが、その一環として杉浦先生のデザインの基になっている練り上げられたアイデアを解説するようなアニメーションを作り、大画面で投影しました。動的な空間演出にもなるし、文章化して解説パネルをたくさん並べるよりも感覚的にデザインに秘められた意図が感じられるのではないかという考えです。

 その手法がとても有効だったので、2011年にムサビの美術館で開催した「杉浦康平・脈動する本:デザインの手法と哲学」展でも活用しました。そのとき作ったアニメーションの中でもっとも印象的だったのは、「東京画廊」という現代美術を紹介する先駆的な画廊で開かれた展覧会の図録のデザインを解説するアニメーション。この図録は私が杉浦康平事務所に入るよりもずっと前の1961年から始まり、1990年まで作られ続けたものです。

 杉浦先生がデザインしていたことはもちろん知っていましたが、通常の冊子形式の図録だと思っていました。ところがその解説アニメーションを見て、そうではないことを知りました。奴凧(人が両手を左右に広げた形のたこ)のように折り込まれていたり、紙の複雑な折りや断ちが組み合わされていたり、型抜き加工された用紙を組み上げていくと図録自体がペーパースカルプチャーやオブジェになるといった、非常に特殊な造りが試みられていることを知って……とても驚きました。杉浦先生がデザインをしてから50年以上経って初めて、私はその真意を知ることができたのです。と同時に、もしこの解説アニメがなければ、これらのデザインコンセプトは世の中に対して明らかにならなかったことを思うと、今回の『デザイン・コスモス』でも、やはり杉浦先生のデザインを紹介するには解説アニメーションが有効かつ不可欠であるということになりました。

 解説アニメーションは、シンプルで感覚的なものから、具体的で説明的なものまでさまざまなタイプがあるので、ぜひ楽しんでいただきたい。そして、デザインの背後に奥深い造形思考があることに驚いてもらいたいです。

東京画廊の図録デザインの図解(「杉浦康平・脈動する本 -デザインの手法と哲学」展 図録より)

___なぜ2次元である本を3次元で捉えようと思ったのですか。

 ブックデザインの作品集などで紹介される表紙デザインや見開きページは2次元ですが、現実の本は厚みがあって重さがあって大きさがある3次元的な存在です。実際の本も、たとえばA全判の用紙を半分、また半分と折りたたんでいくと、5回で文庫判64ページになります。本はページの集合で厚さが生まれ、連続した流れが生まれます。また、カバーも表紙のみで完結しているのではなく、背中や裏表紙やソデにつながっています。杉浦先生はそれらすべてがデザインのフィールドであると考えているのです。

 実例としては、本の小口を傾けると、アンドロメダ星雲が現れ、反対側に傾けるとフラムスティードの銅版画の天球図が現れる『全宇宙誌』。フランスの作家、ルイ=フェルディナン・セリーヌの作品集は、全15巻を並べると本の背にセリーヌの人生のフォトアルバム浮かび上がり、『ピカソ全集』は、並べると背に時代ごとの代表的な作品が現れて、書棚がまるでピカソ美術館のようになる。このように「本は立体的な存在である」という前提で考えられたデザインコンセプトを説明するためには、3次元的な表現が必要になるというわけです。

『全宇宙誌』松岡正剛[ほか]編集・構成、工作舎、1979年
『ピカソ全集』 全8巻、講談社、1981―1982年

___ユーザーに『デザイン・コスモス』をどんなふうに楽しんでほしいですか?

 杉浦先生は、日本にまだ「ブックデザイナー」という職能がない時代からブックデザインの地平を切り開いてきた人です。先ほども言いましたが、今の若い学生さんのほとんどは杉浦先生の作品をじっくり見たことがないと思います。

 造形作家の片山利弘氏は、かつて「もし、杉浦康平をグラフィックデザイナーと呼ぶのなら、世界中のデザイナーはデザインをしていない」と言ったそうです。逆にいえば、杉浦先生以外がデザイナーであるならば、先生は“ヴィジュアライズに長けた思想家”など別の呼び方をされるべきだということです。

 そのような空前絶後の存在である杉浦先生のコアなコレクションがムサビにあるということ。通常、作家のアーカイブは作家の死後に遺族や研究者といった他者によってまとめられます。しかし、この「デザイン・コスモス」は、本人が自らのデザイン手法を明らかにして分類・整理し、膨大なコレクションの中からベストなセレクションを行い、それぞれの作品の背後にある造形思考を披露したものです。そのことが一番の特色で、このようなアーカイブはほかに例がありません。

 だから、とにかく、見て、感じてほしい。ここにあるのは当時、どこにもなく、誰にも似ていない、驚きを持って迎えられた、はじめて見るデザインだったのです。杉浦先生は多くの人の目にふれる広告デザインを手掛けていないので、一般的にはあまり知られていませんが、作り上げた作品群はまぎれもなく現代日本のグラフィックデザインのひとつの達成です。

『デザイン・コスモス』より作品解説・デザイン手法解説画面

“杉浦的面白さ”のハードルを超える

____今回のプロジェクトを進める中で印象的なエピソードがあれば教えてください。

 このアーカイブの特色のひとつであるデザイン手法の解説を私も分担することになって、2、3本書いてみせたところ、杉浦先生から「熱気が足りない」とか「もっと面白そうに書け」とダメ出しをされたことです。思えば、杉浦事務所に在籍していたときは「あまりにもよくなさすぎるぞ」とか言われ続けていたので、当時の目標は、いかにダメ出しをもらわずにデザイン決定にたどりつくか、でした。日々“杉浦的面白さ”のハードルを超えることを考えていたので、そのことを思い出しましたね。

____“杉浦的面白さ”とは? ⻑年務めていく中で掴むことはできたのでしょうか。

 杉浦先生はデザインの仕事の傍ら、有名・無名を問わず、人類が生み出した「図像」を研究していました。事務所には図像ライブラリーともいうべき書斎があり、その本の森の中から仕事に使う図版を私がセレクトすることもありました。そのセレクトした図版が“杉浦的面白基準”を超えているかどうかは、くりかえしの経験の中で少しずつ、わかってきました。面白い図像を見つけたときにはデザインに取り入れて、杉浦先生を驚かせたい!みたいな野心を持っていました。

____言葉で説明を受けるのではなく、日々のやりとりの中で感じ取ったということなんですね。

 そうですね。レイアウトにしても、こういうふうに余白を空ければ面白いと言ってもらえるかなとか(笑)。図版のセレクトにしても、色の使い方にしても、凡庸ではない、“杉浦好み”みたいなものが、長い時間をかけて私の中にも培われてきたと思います。

杉浦グラフィズムによる、古今東西に目をとどかせた図像渉猟の目録。『ヴィジュアルコミュニケーション』杉浦康平+松岡正剛編著、講談社、1976年、pp. 46-47

____杉浦さんはダイアグラム(情報を整理し幾何学的に図示したもの)のデザインでも知られていますよね。

 ダイアグラム評論の第一人者であるアメリカのエドワード・タフティは、データというものは客観的に扱うべきだと主張しています。いわばデジタルの0と1で表せるようなものであるべきで、冗長度の高い表現はふさわしくない、と。

 でも私が思うに、杉浦先生のダイアグラムはその真反対というべき、0と1の間があるようなあいまいさも含んでいて、非常にドラマチックで生き生きとした……「杉浦マップ」ともいうべき独自のダイアグラム表現を切り開いています。

 杉浦先生のダイアグラムを知るには『時間のヒダ、空間のシワ…[時間地図]の試み』(鹿島出版会、2014年)がおすすめです。これまでの主要なダイアグラム作品が網羅的に取り上げられていて、「デザイン・コスモス」と同様に杉浦先生自らデザインの背景や手法を明らかにしています。この本を読むと、ブックデザインとダイアグラムデザインが個別のデザイン活動ではないことが感じられると思います。

対話形式の本文に併走するユニークなイラストによる図解。『日本神話のコスモロジー』北沢方邦著;杉浦康平図像構成、平凡社、1991年、pp. 48-49

成果物だけがデザインではない

___杉浦康平事務所に在籍していたとき、杉浦さんの作品に対する姿勢を見て印象に残っていることはありますか?

 私が杉浦事務所に入った頃は、まだパソコンなどなく、手作業だけの時代でした。たとえば、打ち合わせの際に資料として配るために本のコピーを取ることがよくあるのですが、そのまま置いてコピーすると、ノドが写ってしまったり、本の周りの余計な部分まで写ってしまいきれいに仕上がりません。

 そこでどうしたかというと、まず本の余分な部分を写さないように、コピー用紙から本の版面と同じサイズをくりぬきます。それをガラス台に置き、くりぬいた部分にピタッとはまるように上から本を置いて、ちゃんと水平垂直になるように気を付けてコピーを取ると、周りに余計なものが写らず、文字だけがある状態になります。その頃のコピー機はコピーを重ねると文字がどんどん劣化していきますので、1回目で仕上げることが重要でした。

 そのことを指示されたときに、デザインというのは成果物だけがデザインではない、成果物にいたる以前にもう美意識が発動しているんだと感じました。人の目に触れるものにはそれなりのしつらえが必要であることを教えられましたね。

2009年、佐藤先生(左)と杉浦氏(中央)が中国の豪華本制作工房を見学したときの1枚。右はかつて杉浦康平事務所の研修生で、いまや中国の国家的ブックデザイナーとなった呂敬人氏

____普段の杉浦さんはどんな人ですか。

 あまりプライベートを一緒に過ごしているわけではないのでなんとも言えませんが、基本的には“飽くなき貪欲な知的好奇心の持ち主”ですね。食事をしていても、映画を見ていても、常にいろんなものに対してアンテナを張っていて、そのことからなにかを考えているような……正しく、美しく生きるために自らを律している方ではないでしょうか。奥様(杉浦祥子さん)がおっしゃっていたのですが、日曜の朝に「今日のテーマはなんだ?」と聞かれたと。……戦慄しました。

____最後に、杉浦さんを一言で表すと?

 わたしにとって「人生のお手本」です。


編集・取材・執筆:視覚伝達デザイン2年 堀稚菜

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