科学者がなぜ美大で教授に!?
今年、優れた研究業績を挙げた女性科学者に贈呈される「猿橋賞」を受賞した、教養文化・学芸員課程研究室教授、宮原ひろ子先生。専門は宇宙線、太陽活動で、図書館には8月19日(土)まで宮原教授による宇宙関連の選書コーナーも設置されていました。なぜ科学者が美大の教授になったのか?あらためてお話をうかがってみました。
物理研究者がなぜ美大に??
―物理を研究する宮原先生がなぜ全く違う系統の美大で働いているのですか?
ちょうど関東で職場を探していた10年前に、自然科学の教員の公募がムサビで出ていたので応募してみました。研究者の世界は結構厳しくなっていて、なかなか職がないのが現状です。研究所と違ってここには実験設備があるわけではないのですが、採用していただけてすごくラッキーでした。他は長くても5年で任期が切れてしまう職が多いのですが、研究は3年や5年ではなかなか終わらない。だから長期プランで働ける職場がいいなと思っていたところ、運よく採用していただけました。
博士課程を修了するのが27歳くらいだとすると、一般的にはそれ以降は3、4年ごとに大学や研究所を転々とするみたいなことが多いんです。でもそれでは成果も出せないし、毎回引越しするのも大変で…。
―全然知らなかったです。
でも、研究者は大変だなと思っていたんですけど、ムサビに来て芸術家の方がもっと大変だと思いました。自分で道を切り開くしかない。想像していたよりもコミュニケーション能力が必要で、芸術の才能があるだけでは厳しいのだということも知りました。美大の授業は実習が多くて、理系でいうと大学院の修士課程を2回やっている感じに近い気もします。内容がとても充実しているし、4年間で世の中の即戦力になっていくところがすごいなと思っています。理系だと自立するまでに10年くらいかかってしまいます。
―確かに。理系の10年が美大だと4年間に詰まっている。全然違いますね。
正解を求める科学、答えのない芸術
―理系と美術系では全然違う感じがするのですが、共通点はあると思いますか。
ものすごくあると思います。アウトプットの方法が違うけれど、まず世の中の観察から入るところとか。あと、物理は色々なところに関わってきます。例えば色も突き詰めれば全部物理現象。理系の基礎的な知識を得ることが美術の基礎力にもなっていくのではないでしょうか。
―先生から見たムサビ生へのイメージを教えてください。
何かに興味を持ったら、それをとことん突き詰めるイメージですね。興味があることは、私の何倍も詳しい。そういう人が沢山います。そういうところは研究者と似ていて、研究者も気になったらとことん突き詰めてしまう。寝る時間もご飯食べる時間ももったいないというくらい。
―寝ずに研究を続ける…。実際にやったことはありますか?
そうですね。若い時は夜中まで研究できたし、あとは何か発見しちゃうともう気分が高ぶって寝られない、ということはたまにあります。例えば、こうじゃないかなと仮説を立てていたのが、まさにそうだという結果が出てきた日なんかは、もう寝られないですね(笑)。そういうところは研究者も芸術家も同じ感じなのではないかなと思っています。
―あ、でも芸術は答えがあるわけではないので、そこは違いますか?
確かに。理系の場合はたった一つの答えがあり、それを見つけるようなところがあります。ただ、たった一つの「それ」しかない感じです。
―芸術だと答えを作ってみたものの、本当にこの答えでいいのか、というところがある気がします(笑)。
理系の場合、答えは一つだけれど、観測の誤差があるので、正しいのか不安になることとかはありますね。でも数字で答えが出てくるというのは、芸術より少しはやりやすいのかもしれません。
もし科学者がムサビで学ぶなら何をしたい?
―もしムサビのある学科に入れるとしたら、どこに入りたいですか。
工芸工業デザイン学科に入ると思います。インダストリアルデザインが気になりますね。りんご1個を動力源にして段ボールで作った車を動かす課題をやっていたりして、何度か見学させてもらったこともあります。
―やっぱり理系をやりたいということですか。
そうですね。物理は、全部がいくつかの数式で理解できる、絶対そうなるという安心感がありますが、例えば車のような工業的なプロダクトは、物理がそのアウトプットにつながっている感じがすごくあるんです。物理法則の発展としてプロダクトを見ているのかもしれません。
―もし先生がプロダクトをデザインしたら、物理を発展させたものができるのでしょうか。
そこが難しいんです。授業の後で学生から『物理を知っている人には敵わない気がする』というコメントがたまにくるのですけど、世の中は物理法則を知っていても絶対思いつかないデザインに溢れているんです。何か違う才能がある。素敵なプロダクトのなかに、物理ベースのものは沢山あるけれど、絶対私には思いつかない。決定的に才能が違う。私は物理を知っているけれど、世の中をよく観察して、そこから新しいクリエイティブな発想ができる人には敵わないですね。私にできるのは、現象を読み解くことだけ。
―観察したものを読み解いていくか、それとも何かを作り出すかで分かれるのですね。読み解くって結構地道な作業じゃないですか。
そうなんです。本当に些細なことを一つ読み解くために10年、20年とかかってしまうので、これでいいのかな、という気になることもあります。人生が足りない。本当は物理だけではなく、脳科学や創薬などにも興味があります。でも針の先ほどの一端を研究するだけでも10年かかるので、時間が足りないですね。
あと興味と才能があっているかも大事だと思います。宇宙や天文を研究するには電気回路を組まなければならないことが割とありますが、これが私は苦手で…。宇宙は好きだけれど、これはできない。作業としては、ビーカーを振っている方が好きなんです。そういうわけで、屋久杉や石灰岩の成分を化学的に分析して宇宙や地球のことを調べるという研究をしています。
―確かに美術でも、「これやりたいのにそれをする力がない」ということが多い気がします。発想があってもそこに行き着く技術が必須ですね。
特に学生の間は、得意なところから苦手なことまで全部やらないといけないから大変だと思います。卒業後は、楽になるというわけではないけれど、好きなことや自分にあったことを選んで深めていける。
―確かに。でもずっと学生でいたいような気もします。
そうですね(笑)。大学は色々なことを失敗しながら学べる最後のチャンスだと思います。
興味あることから根を広げて学びを楽しむ
―先生の頭の中がどんな風になっているかを知りたいです。
ムサビに来るまでは、ご飯と寝る時以外はほぼ研究のことを考えていましたが、ここに来てからは、幅広く学生に教えられるように勉強しなおしました。いろんなアンテナを張ることで世界の見え方が広がったし、いろんなことを楽しめるようになったと思います。
―私は高校の時は勉強が嫌いで、でも大学に入って自由にいろいろ勉強できるようになると、「あ、勉強って実は面白かったんだ」と感じることが多かったです。
確かに、高校の勉強や大学の一般教養も、先にあるものがわからないまま満遍なく勉強させられて、苦手になってしまう人はいますね。1回それを通り抜けて、俯瞰できるようになると面白くなっていくのだと思います。
―ムサビ生は私も含めて、数学や物理が苦手な人が多いと思うのですが、そういう学生に向けて、理系科目が好きになれるような一言をお願いします。
満遍なく勉強する必要はないと思います。興味のある現象が先にあっていい。興味があるからもう少しやってみようというように、そこから根を広げていく。興味ある方向に進んでいくことを大事にしてほしいです。
図書館のサイトに選書のリストが残っています。ぜひ見てみてください。
「宮原ひろ子教授選書〈宇宙10選+〉リスト」
https://mauml.musabi.ac.jp/news/23871/
編集・執筆・取材:工芸工業デザイン学科1年 坂野絵子