ムサビ椅子コレクションのススメ!
2022年7月11日から、武蔵野美術大学の美術館で『みんなの椅子 ムサビのデザインVII』が開催されています。武蔵野美術大学が誇る近代椅子コレクションのうち、選りすぐりの約250脚もの椅子が一般公開されています。鑑賞するだけでなく、実際に椅子を座り比べることができる体験型の展覧会となっています。
今回は展覧会の開催に伴い、『みんなの椅子 ムサビのデザインVII』の監修をしている、空間演出デザイン学科の五十嵐久枝教授にお話を伺いました。
椅子コレクションのはじまりと今
___武蔵野美術大学には、なぜ多くの椅子がコレクションされているのでしょうか。ウェブサイトには豊口克平教授が始められたと記載されていましたが……。
工芸工業デザイン学科を立ち上げられたのは豊口克平教授ですが、コレクションの始まりは工芸工業デザイン学科の島崎信教授がきっかけです。
島崎教授がデンマークへ留学していた時に、現地で椅子をいくつか入手されて生活の中で使っていたそうです。それを全て日本へ持ち帰られた。それらは日常使う生活の椅子だったそうですが、後の名作チェアでした。それらを授業で、素材や新しい技術を説明するために、自分の車で持ってきて、学生たちに見せて説明していたとお聞きしました。
___島崎教授が当時持ってこられた椅子は現存していますか?
そのものは島崎教授の持ち物ということもあって、学校にはありません。初めてムサビの椅子のコレクションになったのはアメリカのイームズの椅子だと聞いています。
椅子が生まれた背景や当時の技術、社会背景を調べていくことに繋がり、デザインの勉強には椅子は恰好のアイテムだと島崎教授は考えられた。その気づきは素晴らしいことだと思いました。 私も空デの1年生の授業でデザインの基礎を学ぶために椅子コレクションを使っています。
素材と構造を学ぶには、目で見て触れて、実際に座ることで体を支える構造を知ることができます。椅子は持ち運ぶこともできるスケールアイテムです。ムサビには多くの種類があるので、活用しがいがありますね。
___他の学科の授業が取れるという機会に、その授業を取りたくて応募したのですが、残念ながら取れませんでした。
そういう人もいるでしょう。そのために、今回は解説動画「ISU is More」を20本制作しました。出来上がり次第、順次公開されています。そしてその動画の公開は展覧会が終了しても続けますので、みなさんにずっと見てもらえます。
動画は10〜20分。観た後にさらに歴史や他の知識も発展して学んでみたくなる、そんなきっかけになると良いです。デザイナーについてや人や地域との関わりなど、椅子は人のための道具であって人に関わるアイテムです。
動画は他にもあります。学内のムサビならではのスポットに名作椅子をたたずませ、学内の音と共に鑑賞する「ムサビと椅子」や、10章の「みんなの椅子(現代の日本の椅子、後期のみ)」の中で、制作に関わられたムサビOBに椅子の姿からは分からないストーリーをインタビューしています。どうやって椅子が出来上がったのか。隠されたこだわりについてなどなど。リアルなインタビューからものづくりを想像してみましょう。
椅子の話
五十嵐教授から、コレクションの椅子の素材や制作背景、エピソードなどをご紹介いただきました。
・柔らかそうな椅子
「How High the Moon」倉俣史朗
一般的には椅子に使う素材ではない、金属のメッシュでできた椅子です。
こういった金属は、当時はガードレールや工事現場の足場に使われる素材でした。柔らかそうなクッションの効いたラウンジチェアのフォルムをしていますが、柔らかくはなく透けている。この椅子からどんなことを考え感じるのでしょうか。
・倉俣史朗の発想力
「硝子の椅子」倉俣史朗
その頃、ガラス同士を接着する透明な接着剤「フォトボンド」がアメリカから輸入されました。それまでは、着色され厚みのある無骨な接着方法しか無かった。ガラスを接着したサンプルを手にした倉俣史朗が、最初にデザインしたのがこの椅子だといいます。たった30分でデザインしたそうです。椅子をガラスでつくるなんて普通では考えつきません。
ガラスは、透明で美しいけれど割れる危険性を連想させる素材です。接着剤の強度を確かめて着想したのでしょうか。この発想には今でも驚かされます。
・これで打合せ……?!
「エクストレム」テルイェ・エクストレム
20年以上前ですが、この椅子の存在は知っていたのですが、仕事先で、通された応接室にこの椅子2つと丸テーブルがセットされていたんです。この椅子に座って打合せですか!?と、当時はとても驚かされましたね。でも格好良かったです。強いセンスを感じました。この椅子には子供が遊ぶ姿が浮かんでいましたが、座ってみたらと腰がストンと安定して、座り心地が悪くないのです。これは座ってみなければ分かりません。自分の固定概念を崩された椅子でした。
・戯曲の主人公がモチーフ
「Miss Blanche」倉俣史朗
この椅子は、『欲望という名の電車』というテネシー・ウィリアムズによる戯曲の主人公ブランチの名が付けられています。ブランチはどういう女性なのか。どんなことを考えていたのかを興味が湧いたら調べてみて欲しいと思います。なぜ造花のバラが埋め込まれているのかを想像してみてください。常識や概念にとらわれずに一度止まって考えてみてください。
みんなのお気に入りの椅子
本展覧会では、多種多様な椅子へ実際に座ることができます。デザインはもちろん、座り心地にも違いがあります。今回は、五十嵐教授と編集者のお気に入りの椅子をいくつか紹介します。
五十嵐教授お気に入りの椅子
「トーネット」
トーネットとは、ミヒャエル・トーネットによって1819年に設立された家具メーカーです。特許も取得した「曲木」という革新的な技術や効率的な輸出方式、そして巧みな広報戦略によって、世界中に多く流通しました。曲線が美しく、固い木材を曲げて作ったとは思えないほど滑らかなラインが特徴的なデザインです。
「スワンチェア」アルネ・ヤコブセン
羽を広げた鳥のようにも見えるシルエットがアイコンとなった特徴的な椅子です。SASロイヤルホテルのロビーや客室用としてデザインされています。姿も座り心地も適度なくつろぎ感があり、新しい技術と独自の形状がいつまでも色褪せない名作チェアです。
編集者お気に入りの椅子
「ラ・シェーズ」チャールズ・イームズ
表面のライン、手触りともに滑らかで、足を伸ばし椅子に体をあずけて座る椅子です。素材は硬質プラスチックで硬さがありますが、すべて曲線でできているのであまり硬さを感じさせず、リラックスできると思います。彫刻家ガストン・ラシェーズによる作品『浮かぶ姿』が名前の由来であるため、その彫刻をあらかじめ調べておくとより楽しめるでしょう。
五十嵐教授も今回初めて座ったそうです。貴重な機会なので、みなさんもぜひ座ってみてください。
「グローブ」エーロ・アールニオ
小さなシェルターのようですね。すっぽりとクッションに包まれて安心感があります。なかなか出たくない心地よい空間。近未来も感じさせてくれる人気の高い椅子です。
このように『みんなの椅子 ムサビのデザインVII』には、個性溢れる魅力的な椅子が数多く展示されています。あなたのお気に入りもきっと見つかるはずです。
会期は10月2日(日)まで。個性豊かな椅子たちがあなたを待っています!ぜひ足を運んでみてください。
【みんなの椅子 ムサビのデザインⅦ】
会期:2022年7月11日(月)-2022年8月14日(日)、2022年9月5日(月)-2022年10月2日(日)
時間:12:00 – 20:00(土・日曜日、祝日は10:00 – 17:00)
休館日:水曜日
入館料:無料
会場:展示室1・2・4・5、アトリウム1・2
主催:武蔵野美術大学 美術館・図書館
監修:五十嵐久枝(武蔵野美術大学 造形学部空間演出デザイン学科教授) 寺田尚樹(建築家・デザイナー/株式会社インターオフィス代表取締役社長)
企画協力:株式会社インターオフィス
協力:武蔵野美術⼤学 空間演出デザイン学科研究室
武蔵野美術⼤学 工芸工業デザイン学科研究室
協賛:アサダメッシュ株式会社
株式会社モデュレックス
特別協力:島崎信(武蔵野美術大学 名誉教授)
会場構成:IGARASHI DESIGN STUDIO
編集・執筆・取材:デザイン情報学科 郡司麻衣