2021-04-27

人と街をつなぐ制服プロジェクト

2020年12月1日、JR東日本グループの株式会社JR中央ラインモール(現:株式会社JR中央線コミュニティデザイン)は会社発足10周年を迎えました。10周年にあたり、武蔵境駅、東小金井駅、国立駅で着用するnonowa新制服を、地域との共創をテーマに武蔵野美術大学の学生と制作するプロジェクトが行われました。

完成した新制服

今回はプロジェクトを発案された株式会社JR中央線コミュニティデザイン常務取締役の石井 圭さん(プロジェクト時:株式会社JR中央ラインモール 代表取締役社長)と、プロジェクトに学生メンバーとして参加した重田奈々帆さん(2020年3月に基礎デザイン学科を卒業)の2人に話を伺いました。

JR中央線制服デザインプロジェクトについて

__今回の制服デザインのプロジェクトの目的を教えて下さい。

石井さん:中央線の3つの駅(武蔵境駅、東小金井駅、国立駅)は、JR東日本から当社が駅業務を受託し運営しています。ですので、JRの制服ではなくて当社の制服を着ているんです。昨年当社は10周年を迎えまして、その記念として制服をリニューアルすることになりました。そこで、同じ沿線にあるムサビの学生さんにデザインを考えて頂こうというのが今回の目的になります。

結果的に3月から先ほどの3つの駅で学生さんが作った制服を実際に駅員が着用しております。また4月からは南武線の3つの駅で運営をスタートしたので、そこでも駅員が着ています。

__今回のプロジェクトを企画したきっかけを教えて下さい。

石井さん:この話が始まったのは今から2年前ですかね。去年の春くらいに制服をリニューアルしようと言って準備を始めたんですけれども、当時担当していた社員が「ムサビの学生さんと作りたい」というふうに言い出したのがきっかけでして。他の鉄道会社さんでデザインの専門学校の学生さんと作ったという例は知っていたんですけど…名門の美術大学の皆さんと作るというのは、敷居も高いし、取り合ってくれるのかなという不安もありました。ちょうどその頃ムサビさんでオープンキャンパスがあったんですよね。それで父兄のふりをして(笑)、その様子を見に行きました。そこで、外部と連携していろんなプロジェクトをやっていること、作品のレベルが高いこと、何より学生さんが元気に生き生きとしてらっしゃったので、一緒にやらせて頂きたいと思い動き始めたというところです。実際募集が始まって、応募してくれるか不安でしたが、重田さんを含め9人の方に応募して頂いて、まずは一安心したのを覚えています。

__今回のプロジェクトに参加したきっかけを教えて下さい。

重田さん:きっかけはこのプロジェクトが大学の専攻でやらないような内容で、自分が経験したことがなかったので、なんか面白そうだなと思ったのがきっかけです。駅員さんの制服をデザインする、デザインに携わるという機会が在学中でもなかなか聞かない話だったので、これはまたと無いチャンスだと思って。自分がどういうことが出来るとかは関係なく、ただただ楽しそうだという感じで決めました。

__プロジェクトについてはどこで知りましたか。

重田さん:確か、ライブキャンパスか何かの学内連絡で知りました。結構そういうお知らせってたくさんあると思うんですけど、「まだ締め切り残ってたよな」というふうに心に残っていました。

__プロジェクトを通してムサビ生への印象はいかがでしたか。

石井さん:美大生さんとお話しするって生涯で初めての経験だったんです。それまでは変な固定観念があり、ちょっと変わった人ばかりなのかなと思ってたんですけど(笑)。まあ変わった人もいましたけれど、とっつきにくいということは全然無くて、みんなフレンドリーで、そこがまず新鮮な驚きがあって。参加して頂いた学生さんには、話を聞いてもらったりとか、高架下を歩いてもらったりとか、結構時間かけてもらったんですよね。プロジェクトとして一定の時間を共にして頂いたんですけれども、積極的に参加してもらいまして、すごい嬉しかったなというふうに思いました。

__学生と一緒に活動して思い出に残っていることはありますか。

石井さん:最後の発表会の内容ですね。皆さん自分なりのストーリーをしっかり組み立てていて、それがデザインになっているというのがビシッと伝えられているのが印象的でした。発表会の後に社員と意見交換をして貰ったんですが、本当に和気あいあいとしていて。結構社員も学生さんにいろいろ質問して、それを学生さんも笑顔で真剣に答えてくださって。それがすごく良かったというのが自分の中のエピソードとして記憶しています。

最終発表会の様子

“らしさ”をデザインするために

__制服のデザインを決めるにあたって、学生間のやりとりで印象に残っていることはありますか。

重田さん:はい。デザインを決めるときに、“中央線らしさ”などを付箋にたくさん書き出して、そこからフィールドワークというか高架下を駅ごとに分かれて実際に歩いて、街の特徴を知っていったというのがすごく印象的で。そのとき感じた“自然豊か”とか“人がたくさん集う場所”というのが印象的だねと学生の間で話に上がっていて。それが各自デザインに落とし込むのに重要なことだったのかなって思っています。 

ワークショップの様子

__デザインはどのように決めていきましたか。話し合いで行き詰まったことはありましたか。

重田さん:そうですね…。これまでの駅員さんの制服の概念にとらわれず、結構みんな資料探したりだとか、あーでもないこーでもないって言ってたな。参加した学生はみんな服飾を勉強した経験がなかったので、ある意味新しいアイデアが出たし、逆に全然知識が無いからどうしようみたいな会話もありました。かなり“らしさ”とはなんだろうという会話はしていたような気がします。

__何か参考にしたデザインはありますか。

重田さん:参考にしたのは、キャビンアテンダントさんの服や、その会社さんらしさが前面に押し出された制服や、なんなら制服じゃ無くてフォーマルな服とか。駅員の制服だから他の駅員の制服を参考にしたというよりかは、その辺りは決めずにいろんな資料を見ていましたね。

__プロジェクトで大変だったこと、力を入れたところは何ですか。

重田さん:力を入れたところは…、私は「ののわ」って描いた布を作りたいというなんとも無謀な提案をしたんですけど、それって中央線沿線の“自然豊か”とか“人の温かさ”とかを表現したいと思ったときに、制服のジャケットというよりはワイシャツの布の柄で表現出来ないかなと思って。「ののわ」の字を手書きで描くとかいろいろ試行錯誤して、デザインのキーワードに“武蔵野の草花”とかがあったので、それをこのワイシャツで表現しようと。これが一番自分の中で工夫したことであり、難しかったけど、一番やりたかったことでした。

重田さんがデザインした「ののわ」柄のシャツ

__プロのデザイナーさんとの関わりで得た学びや普段出来ない経験はありましたか。

重田さん:普段ユニフォームを何気なく着ていましたが、どういうところに気を使っているとか、男女でどう違いをつけるとか、自分には無い観点のデザインのこだわりとか、そういった点をプロの服飾デザイナーさんにお聞きするのは初めてだったのですごく勉強になりました。

__プロのデザイナーさんと学生側でのギャップや、意見が通らないということはありましたか。

重田さん:一旦は学生がやりたいと言うか、こうしてみたいんですって言うのを聞き入れて下さって、実際のデザインにも学生のアイデアを満遍なく取り入れて下さったのが印象的で。「これはダメ」「あれはダメ」って言われるんじゃ無くて、「結構それもいいね」「そう言う考えもあるのか」っていう感じで、すごく受け止めて下さいました。

いろいろな思いが詰まった新制服

__学生たちがデザインした制服を見ての感想や印象はどうですか。

石井さん:そうですね。ちょっと個人的に気になっていたのが、皆さんのデザインの良いとこ取りをさせて頂いたので、本当にそれでいいのかなって心苦しいところがずっとあったんですけれども…いや、今もあります(笑)。出来た制服については本当に大満足です。駅員は、いざというときにお客さまがすぐ見つけて声をかけられるように、存在感を示さなければいけませんが、そういった中でのカジュアルだとかスポーティー感とか…本当に良い具合の仕上がりになったなと感じています。我々社員の思いが、重田さんの「ののわ」柄のシャツをはじめ、ボタンやジャケットなどいろんなところに表現されていて。「神は細部に宿る」って言いますけど、この制服はまさにそれを体現したものなんじゃないかなと思っています。

出来上がった新制服を着用して駅業務を行う様子

__制服を着てみて駅員さんや周りからの反応はいかがでしたか。

石井さん:そうですね。仕上げていくプロセスで社員にアンケートを取ったのですが、当初はこれまでに無いデザインだったこともあり、中には否定的な意見もあったんです。でも実際に仕上がって試着したり、先月から着用するとですね、「あ、やっぱり良かったです!」って言う声が多いと言うかほぼ全てそれなので…最初から自然に受け入れられるものよりも良かったんじゃないかって。いい具合に特徴のあるデザインで、社員も今では誇りを持って着ていると思います。

__自分たちが作った実際の制服を見ての印象や一緒に参加された学生の反応で印象に残っていることはありますか。

重田さん:はい。出来上がったというご連絡を頂いてからお時間を作って頂いて実物を見たんですが、「あのデザインがこうなるのか」って言う驚きもありましたし、「ワイシャツのデザイン、私のじゃん」みたいな(笑)。そのまま使って下さったという驚きもありましたけど、それを着用して駅の業務をされている駅員さんを見ると、新しいけど馴染んでいるような印象があって。「自分が携わったんだよ」って言いたいけど言えないような嬉しさとか。またその駅を訪れたいとも思いましたし…そんなような感想でした。学生の間でも「すごく嬉しいです!」「出来たんですね!」みたいな感じの反応があって。学生も1つ学年が上がったりなど環境が変わる中で、やっと出来たという嬉しさはあったと思います。

様々な角度からモノを見るということ

__プロジェクトを通して、いろんな学科の学生さんと交流されたと思いますが、新たな発見はありましたか。

重田さん:参加した学生は学年も学科もバラバラだったんですけど、全然それが関係無いくらいみんな同じレベルでデザインが考えられたなって思っていて。学年も学科もバラバラで同じプロジェクトに参加するってあまり無いんですが、それぞれが思ったことを言い合える環境ってすごく良いなと思いました。気づきとしてはメンバーの中に電車が好きな男の子がいまして…口数的には静かなんですが、語らせると熱い思いがあったりとか、デザインに対してもみんなすごくこだわりがあって、聞けば聞くほど価値観や考えていることの違いが出てきて、そこが楽しめたプロジェクトでした。

__今回のプロジェクトで得た経験や活動が、今の活動に繋がっていると感じることはありますか。

重田さん:それこそ今、社会人で服飾とかのお仕事では無いんですが、“こうあるべき”みたいなのにとらわれず、いろんな方向を探っていくっていう経験が今の活動に役立っているなって思っていて。“制服だからこうでなくてはいけない”とか“こうなんでしょ”みたいなことを最初は思っていたんです。けど話を聞くうちに“武蔵野の緑豊なところを伝えたい”とか“こうあるべき”というところから飛び出したようなデザインが生み出せたというか、そういう経験になりました。私は今ウェブデザインの仕事をしていますが、ウェブだけに留まらずポスターや布などいろんな幅を広げてデザインを考えられるようになったところが経験として活かせているんじゃないかなって思います。

__重田さんがいろんなことに挑戦する意味はなんですか。

重田さん:誰が参加するか分からないプロジェクトに関しては、いざ応募してみたら全然知らない人だったということはよくありますし、仲良くするところから始めなきゃいけないのかと思うと参加するのに勇気がいると思うんですけど。それより自分がこの分野やってないから一度は経験しておきたいなとか。芸祭の実行委員を2年間やっていましたが、その経験を生かせないかなとか。とりあえず面白そうだからとか気軽な気持ちで参加してました。周りの友達もそういう人が多かったので、4年間を通してそんな機会に参加することが多かったんじゃ無いかなと思います。

__何かまたプロジェクトがある場合、またムサビ生と連携してプロジェクトをやりたいですか。

石井さん:もちろんです。またご一緒させて頂きたいと思っています。今回のプロジェクトをきっかけに、参加して頂いた学生さんに国立駅でポスターを描いていただいたりとか、そんなような繋がりもありましたし、また新たにこういったプロジェクトで数名の方とご一緒させて頂くとか。冒頭で申し上げましたけど、ムサビの皆さんってすごいと思っていましたし、実際いろいろ接してみて本当にすごいと再認識したので、むしろ逆にこちらからですね、是非またいろんなことでご一緒させて頂きたいなと思っているところです。

編集・取材・執筆:視覚伝達デザイン学科2年 堀稚菜

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