2022-09-05

東工大×ムサビ合同WS「コンセプトデザイニング」から見る美大生の魅力

7月25日から30日までの6日間、武蔵野美術大学と東京工業大学(以下、東工大)の合同ワークショップ「コンセプトデザイニング2022」が開催された。これは、東工大生は大学院、ムサビ生は3年生以上を参加対象とし、2011年にデザイン情報学科と東工大のワークショップとしてスタートしたもので、現在は専攻や学科を問わず参加することができる。
去年と一昨年はコロナで中止になり、今回は3年ぶり11回目の開催となった。

今回はこのワークショップを担当されている、武蔵野美術大学大学企画グループの千羽一郎さんにお話を伺った。


——まずは、何を目的としたワークショップなのかを教えてください。

工学×美術というと、最先端の工学とおしゃれなデザイン・アートを融合したアウトプットを作る印象を誰もが持つと思いますが、実はそれが目的ではありません。
ではこのワークショップで何を求めているかというと、美大生と東工大生の思考や文化は何が違うのか、もしくは何も違わないのかを考えながら、相互の専門性を生かした力の補完をすることです。

そして、美大生に対して伝えたいことは、感覚だったものを相手に説明・理解させることの難しさや面白さです。「なんか好き」という感覚、それはすごく大事なのですが、言語はもちろんイラストなども使った様々なコミュニケーション方法で、わからない人にちゃんと自分の考えを伝えることを、このワークショップで体感してほしいと思っています。
東工大生へのメッセージとしては、答えがないかもしれない課題に取り組む必要性ですね。彼らはゴールに向かって最適・最短ルートで達成する能力が非常に優れていますが、世の中は答えがない、または複数に答えがある方が多いことを感じ取り、その難しさや面白さを体験してほしいと思っています。

そして美術系の人とエンジニア系・理工系の人が組むことによって生まれる新しい発想の転換や、発想がビョーンと飛躍する、そういう体験を味わってほしい、というのがこのワークショップの目的となっています。そこで足りないものを自分で補ったり、勉強しなくちゃ、という気づきも得てほしいですし、そのために、積極的なコミュニケーションをとってもらいたいと思っています。

——具体的にはワークショップはどのような内容でしょうか。

東工大生とムサビ生混合のグループに分かれて、大きくこの5つの流れで進行します。

1、 お題が与えられる(問題ではなくあくまでもお題)
2、 コミュニケーションを取る
3、 コンセプトを構築・再構築
4、 なんらかの造形物を作る
5、 グループプレゼンテーション

6日間のうち最初の3日間は市ヶ谷で講義とディスカッションを中心に行います。4日目に東工大大岡山キャンパスに場所を移し、中間プレゼンでどんなアイデアを考えたかを発表して、それからようやく作り出します。だから実質制作時間は2日程度しかありません。

講義では東工大の先生からコミュニケーション方法や理系の思考について、そしてムサビからは視覚伝達デザイン学科の古堅先生がデザイン的な思考について、油絵学科の袴田先生からアート的な思考について話してもらっています。それから、いよいよみんなでディスカッションとなります。特にゴールは決めずに、何を作ってもいいというスタンスです。

中間プレゼンの様子

——「お題」はどういうものを設定するのですか?

「コンセプトデザイニング」なので、デザイン寄りのテーマをイメージするかもしれませんが、あくまでも混合のグループコミュニケーションでどういうものを考えられるかに重きを置いているので、コミュニケーションが発生しやすいように、あえてふわふわしたお題を毎年出しています。

今回のお題の「ふる ふれる」の説明をする手羽さん

例えば2014年だと、「繰り返す」がお題だったり、2015年はA4の白い紙に油絵学科の袴田先生が描いた黒い四角を見せて「お題はこれです。これ以上のものはありません」って言ったり。この時は東工大生は「黒い四角はただの黒い四角にしか見えない」と大混乱していました。ムサビ生にとっては日常茶飯事ともいえるお題ですが、東工大生はA4と四角との比率を求め出したりして、発想の違いが面白かったです。そこからお互いにどうコミュニケーションを取って頑張れるかがポイントになっています。

だからお題はテーマではなくて、美大で言うところのモチーフだったりあくまでもコミュニケーションのきっかけにすぎないということを強く言っています。
また、2019年のお題は「右左(みぎひだり)」。当初「左右」としましたが、それだと「さゆう」と一単語として解釈されてしまう可能性に気が付き、あえて「右左(みぎひだり)」にしました。そこまで考えています。

——東工大とムサビという、正反対の分野の人とともに活動する目的を教えてください。

今はデザイン思考という言葉がトレンドのように扱われています。ただ、デザイン思考は課題解決には向いているが、課題発見は難しいと指摘する人もいます。そのために何が必要かというと、やはりアートの部分、想像する力であったり、答えがないかもしれないものに向かっていく力であったりする。これをムサビでは創造的思考力という言葉で表現していますが、これが今世の中で起きている厄介な問題を解決することと相性がいいはずだと。そこで、アート、サイエンス、デザイン、工学の4つの思考を理解できる人材を育てよう、というのがムサビの考え方です。

長く東工大とのワークショップをやっている先生方の一つの結論は、双方の融合はできないね、ということ。よく「美大と理系の融合」みたいな言葉が使われますが、多分融合はありえない。けれど、補完や理解はできるし、その方がいいねとはよく言っています。
なので、コンセプトデザイニングをもう少しかみ砕いて説明するならば、理工系思考とデザイン思考、アート思考をコミュニケーションで繋いだ課題発見・課題解決思考型グループワークショップ・・ということになります。

会話や文字、イラストなどでコミュニケーションを取る様子

——ムサビ生と東工大生のそれぞれの考え方の特徴や違いについて教えてください。

これは2018年に起こった出来事なんですが、最終プレゼンの前日にチーム内で完全にアイデアが煮詰まった状態になっていた時、ムサビ生は大きな発泡スチロールを拾ってきていきなり下書きなしに自分の形を掘り出したんです。東工大生からすれば無計画すぎる行動だし、ムサビ生からすればうだうだ言ってないで早く作ろうよ、作ったら何か見えるものがあるでしょ、っていう考え方があった。

東工大生のポジティブな要素としては、先ほども言ったように効率的に最適解を出す能力が非常に高いことですが、一方でそれはゴールがないと考えられないという風にもいえるし、答えに向かって行動しすぎるから、問いや面白さを自分で見つける発想力がちょっと弱い傾向にある、というのが10年間やってきた中での印象です。それに対してムサビ生のポジティブな要素は、表現力はもちろん高いし、行動力も高く、プロトタイピングに全然抵抗がない。とりあえず作って考える。でもそれをネガティブな言い方をすると、制限があると作りにくいのが美大生だし、作ってみないと考えられないともいえる。また、論理的に物事を追求する気持ちが、やっぱり東工大生に比べると弱いところがあります。

——ワークショップを通して見えた美大生の価値とは?

実はアート的思考を持っている人を、世の中はかなり求めている。柔らかい頭だったり何かを突破する力だったり。
このワークショップを10年見てきましたが、ムサビ生と東工大生、レベル的にはどっちも変わらないんですよ。理系の知識や暗記では負けちゃうかもしれないけど、何か答えのないことを一緒に考える場だと、ムサビの3年生がリーダーになって東工大の大学院生を引っ張っていたりするんですね。自分の中でのこの合同ワークショップの最大の価値は、「ムサビ生ってほんと優秀なんだなあ」ということを強く再認識できたことです。


編集・執筆・取材:デザイン情報学科3年 澤口千晶

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